永年、医療システム学で活躍されてる信友浩一先生の連載ページです。
あの時この時心に留めた出来事や、先生のこだわりを徒然に書き綴っていただきます。
肩肘張らずに読みながらも薀蓄の深さに思わず引き込まれる信友先生コラムをお楽しみください。
バックナンバー
2010年 9月 内服したことの確認プロセスがありますか・・・?
入院患者さんに対して、薬剤師は調剤した内服薬を与薬カートに服用毎にセッティングし、看護師は与薬カートから当該分の内服薬を患者さんに手渡したことで「与薬」完了となっています。一方外来患者さんに対しては、薬剤師は調剤した内服薬を薬袋に入れ患者さんに手渡して「与薬」完了となっています。患者さんに対して異なるふたつのプロセスがあること、そして更に患者さんが手渡された薬剤を内服したことを確認するプロセスがないこと、に先日気が付きました。 ...続きはこちら
前回は、「院長回診から見えてくること」をお話しました。
院長回診により実に多くの情報を得ることができ、そして経営管理上の問題も適時に解決していけることなどをつづりました。
ですが、この話題を先輩・同輩の院長にしたところ、意外にも院長回診はしていない、ということでした。
なぜ回診していないのか?についてまでは話が進みませんでしたが、私にとってはこの事実が興味あるテーマとなりました。つまり、「なぜ院長回診をしなくても済むのか」というテーマが新しく生まれたのです。
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大学病院では院長回診が行われているのでしょうか? 行われているとすればその目的は? 行われていないとすればその理由は…?
この4月、私は福岡市医師会成人病センター院長に就任し、院長回診を毎週していて気が付きました。確か九州大学病院ではしていなかったのでは? その前にいた国立循環器病センターでも院長回診はなかったな……。
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2010年 6月 ドクターの口から最初に出る言葉が「手遅れです……」
患者さんを診た後、診察したドクターの口から最初に出る言葉が「手遅れです……」。 患者さんの医療への期待水準を先ず下げておき、通常の治療を開始するだけなのですが、 このドクターは患者さんの間で評判が良いのです。なぜでしょうか!? ...続きはこちら
紺屋の白袴ではないが医師自らの平均寿命は何歳なのでしょう。国民平均寿命と比べて長命?
わが国の平均寿命が伸びた主因は医療である、とわれわれは主張しています。ならば「医師の寿命は、より長命?」
「診療科別にみたら寿命の最も長い診療科は?」「寿命の短い診療科の医師は医療に恵まれていない?」
「わが診療科は超多忙だ!という診療科医師の平均寿命は他診療科と比較して短命?」などなど、
われわれは自らの寿命を日常的に気にすることはありませんが、
英国医師会は自らの労働負荷(診療科)と寿命の関係を1980年代に調べました。
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2010年 4月 「患者さん」と呼び、そして・・・現場からの実践報告
「私は真心よりも虚礼を尊ぶ。変幻極まりない心よりも具体的な行動を重んじる。真心のこもった無愛想よりも、 残酷な思いを胸に秘めながらも、型どおりに姑をいたわる嫁の労を多とする。われわれが律する事のできるのは、 われわれの行動だけではないか」(「立腹のススメ」宮良長和著、沖縄タイムス社、2006) ...続きはこちら
2010年 3月 だから「患者さん」にも相応の責任を持ってもらおう
先月は「患者さま」と呼ぶのではなく「患者さん」と呼ぶことの意味についてお話しました。 患者さんを施しの対象「患者さま」とするのか、そうではなく患者さんを病気と闘う戦友・チームの一員とみなすのか、 の選択肢があること。そして現在の慢性疾患主流の時代では、患者さんを医療チームの一員とみなし病気に挑戦する決意が問われている、 ことをお話しました。 ...続きはこちら
このように呼称変更をしたのは高本真一院長(三井記念病院)。高本さんは私とは国立循環器病センター (高本;血管外科部長、私;運営部長)・東京大学(胸部外科教授、医療政策人材養成講座教授)時代、 志を一にする戦友(?)でした。その彼が院長赴任後、「共に生きる」チームの一員として、この呼称変更をしたのです。 変更の理由は「……現在の医療はチーム医療なくしては成り立たなくなってきている、 そのチームには医療を受ける患者さんにも加わっていただかなければならない」と。 ...続きはこちら
前回、「医師はいつ『医師になったと思う』のでしょうか」のタイトルで医師は外部基準(国家試験合格) を持っていても内部基準を持っているかどうか分かりませんね、という私の認識を示しました。 外部基準は医師として必要な知性(知識・技能・思考)を問うているのですが、内部基準は『医師になったと思う』が相当します、 知性ではなく感性(価値感・倫理感)と使命感(つもり)とを問うています。 従って医師の内部基準が一部専門職団体では明示されてはいますが全体的には不詳である現在、 各医師がどのような内部基準をもってクリニーク(ギリシャ語) の場に臨んでいるのかを医師が相互に認証できていない現実があると思われます。 ...続きはこちら
2009年12月 「医師はいつ『医師になったと思う』のでしょうか」
2009年11月 「Nurseは『看』護師から『患』護師へ?」
プロフィール

1971年九州大学卒業。
1980年ハーバード大学大学院卒業。
国立療養所近畿中央病院内科、国鉄中央保健管理所主任医長・産業医、 国立医療病院管理研究所医療政策研究部長、 国立循環器病センター運営部長。
2010年3月に九州大学大学院教授を退官し、現在は福岡市医師会 成人病センター院長として医療システムの構築、 改革に邁進している。
これまで信頼に価する医療の確立のために@現実を直視する(人は関心のあることしか見えない)、 Aやってみないと分からない(Dream Driven)、B現場主導主義(行政を当てにしないで先ずは現場でやってみる)、 との方針で医療を動かしてきた。
診療情報共有宣言・福岡県医師会、福岡市東区医師会医療連携ネットワークなどの発足にも深く関わる。















































